ビービーのFXブログ
お好きな詩とか歌とかをここに
ビービーのFX奮闘記
201705 << 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >> 201707
スポンサーサイト (--/--/--(--) --:--:--)
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
とりあえず (2013/03/24(日) 13:06:07)
アップしないと書いたが、若干、与太話でも書く。

大学受験に失敗して浪人した。ここでパチンコを覚えた。昼飯代500円を原資にはじめた。当時は羽物しかやっていなかったが、勝ち方は簡単で、よく鳴き、良く拾う台を探して、打ち止めまで打てばよい。当時はこんな台がころがっていた。数千円儲けると、嬉しいこと。

ほとんど勉強しなかったのに、現役の時落ちた大学に軒並み受かる。ただし慶応だけは、浪人した後も受からなかった。ま~ほとんど勉強しないで受かる大学ではないな。理科大は厳しい(すぐ留年する)とのことなので東京のマイナーな技術系の国立大学に行った。

現役で受かった中学時代の友人が神奈川にいたので、つるんで遊んでいた。大学は入学式とオリエンテーションに出たがほとんど行かなかった。ともにボロアパートだが、友人宅かビービーの家で2人で生活し夕方に起き、パチンコ屋に行き、パチンコ屋が閉店したら、ゲーセンに行き朝まで遊んで、家に帰り寝た。ここで麻雀を覚えた。友人が麻雀を覚えろと言って符計算を教え込まれ、フリーの雀荘に連れて行かれた。今から思うと無茶苦茶だが当然負けた。

麻雀の勝ち方は簡単で、自分より弱いやつと打てばよい。自分より強いやつでも初めて会った相手なら始めの数局は勝てる。うまいやつは、初見の相手の場合、様子見するので張ったらリーチをすれば良い。これをやっているといずれパターン(やつのリーチはゴミだと)を読まれるので、こんどは逆に行く。貼ってもリーチをしない。ダマで高い手を目指す。これも対応されたらまた貼ったらリーチに戻す。これで数局はしのげる。後は、勝ち逃げすれば良い。理由は腹がいたくなったでも何でも良い。その後、自分の実力が上がるまで、そいつとは打たなければ良い。

こんな生活を三ヶ月続けた後、大学に行ったら単位がやばい状況になっていたのでしばらく大学に行く。その後は最低限の授業や実験は出てパチスロ、パチンコを打っていた。パチスロは最初は負けていたはず。目押しも出来ないんだから当たり前だな。

なんとか大学を留年せずに4年になった。就職だが、当時はバブルまっさかり。あほうでも就職は出来るが、会社は選べない。当時人気だったSONYやパナソニックは成績が優秀なやつが行く。ビービーは残りの中から適当に選んだ。一応、一部上場の電機メーカー。皮肉なのは、現状、会社の業績が逆転していること。また当時は理系の文転もはやっていて、~~総合研究所とか証券会社、銀行とか行ったやつも多かった。

4年の時、友人の影響で競馬をやり始めた。オグリキャップとタマモクロスが強かったが、初心者なのでほとんどこの2頭しか買わなかった。結果として当然負けない。ちなみにこの時、1階上の階の研究室が雀荘と化していたのでひたすら麻雀を打つ。(当然夜中)ここは最初は美味しかったが、その後、強者がどんどん参戦しだしてしだいに負け始めた。結局チャラだった。

会社に入ったが、最初は研修。6帖で3人の蛸部屋におしこまれ、社会人の基礎を叩き込まれた。余暇はひたすらパチンコを打っていた。配属が決まり、就職して1年で、イキナリ、デスマになった。会社を出るのは2~3時くらい。1年間この生活が続いた。おまけに直属の上長に徹底的にいじめられた。幸い、先輩で親切な人がいて手取り足取り技術を教えてくれたのなんとか仕事が出来るエンジニアになった。この時期、蛸部屋から寮に移っている。

入社、2年目で、ビービーを徹底的にいじめた上長も親切な先輩も別部門に行った。ビービーの上長はビービーをイジメタ上長が敵視していた人になった。この人に仕事の仕方の基本を教わった。当時は、現場がやけにいばっていてひたすら頭を下げていた記憶がある。

寮では、管理人が麻雀が好きだったので、金曜日の晩から徹夜で打っていた。管理人は引きは異常に強いが下手なのでみんなでかもにしていた。しだいに強いやつが参戦しだしてここは美味しくなくなってきたが惰性で打っていた。

真面目に仕事をしていたが、入社5年目ぐらいの長期海外出張中に、一枚のFAXが来た。「君、今日から、別の課だから」って書いてあった。ちなみにこの時点では将来を嘱望された優秀なエンジニアのはしくれだった。技術力もそこそこあったが、最大の売りは原価低減出来る能力。原価低減の手法は簡単で、まずは設計で可能な限り安くなるようにした後、個別部品に関しては、かならず相見積もりを取り(当然もともとの部品を使いたい。品質保証の観点から部品は極力変えたくないので。部品を納入しているメーカーは、このエンジニアの心理を知っているのでボルことになる)、一番安い部品を評価する。この時肝心なのは、本気で部品を変える前提で評価すること。評価結果は資材に流し、資材から現在部品を納入しているメーカーに連絡が行く。こちらは、部品を変える前提で黙々と仕事(他部門との折衝等)を続ける。当然、そういう情報も部品を収めているメーカーに漏れ聞こえることになる。結果、根負けしたメーカーが値段を下げることになる。ここから先もまだ部品の値段を下げる方法はあるが現在は違法なので書かない。一個だけ書くと、性能上本当に使いたい部品のメーカーにはこちらの手の内をほとんどさらけ出す事がある。営業と仲良くなり、本当は御社の部品を使いたいんだが高いので辛いとはっきり言う。ちなみに、入社2年目ぐらいに、実際に部品を変えて品質上の大きな問題を出して、その後、元のメーカーが値段を下げたため、部品を元に戻した事がある。釈然としなかったが、直属の上長のさらに上長の課長はこんなもんだと言っていた。ちなみにFAXを送った人はこの課長。

で、話を戻すと、手に持っていた製品を床に投げつけホテルに帰り、日本に帰る準備をしていた。当然、会社はやめるつもりで。ホテルに先輩が来て説得されて思いとどまった。日本に帰ったら、別の課になっていたが、なんか上部の下らない権力争いの結果と知った時、かなり仕事をするモラルが減った。その後、転々と色々な仕事(もちろんもとの仕事がらみだが)をしていたら、ビービーが従事していた事業は、課レベルから部レベルにそして事業所レベルに大きくなった。当然、社内外を問わず、外部から色々な人が入って来る。不思議なんだけど生え抜きで事業部長になるひとはほとんどいなくて、ほとんど全てが外部から来た人。でますます仕事をやる気がなくなった。この時期、会社生活に疑問を持った。こんな不確かなものに生活の基礎となるお金をゆだねても良いかと疑問に感じた。

で、社外の収入が欲しくなった。まずはパチスロを試してみた。不思議なんだがそれまでほぼチャラだったパチスロが負けに転じた。6ヶ月間負け続けた。11月だったと思うが、ネコで小判でジャックスポットATを引いて一撃で20万円儲かった。その月、漸く収支がプラスになった。年末、家の近くのパチンコ屋がグランドオープンした。会社帰りに一週間打っただけで50万円儲かった。なんやかんやで勝ち方がわかった。わかると簡単だった。

①まず、出玉にメリハリがある店を探す。
②土日に朝一から行く。
③朝一は可能な限り設定判別(ブルルン等の傷から子約数のカウントを含めて)する。
④2000Gぐらい回して、高設定なら続行、低設定なら別の台に行く。
⑤高設定をつかめなかったら諦めて帰る。高設定を掴んだら閉店まで打つ

こんだけ。他に細々技はあるが基本これである。肝は青字のところ。

でパチスロで儲かり始めた。会社からの給料もそこそこ上がってきたし余暇はパチスロしていたのでお金を使わないので(というかここでも増えるので)東京のワンルームのマンションとか金とか買った。マンションから家賃収入はあるし、金も値上がる。資産はどんどん増えていった。FXもやっていたがこれだけはマイナス収支。

そうこうしているうちに会社が、ビービーが従事している事業からいきなり撤退した。数千人がこの事業に従事していたはずであるが日本中にちった。ちなみにこの時期より少し前にパチスロが5号機になり負ける要素いっぱいなのでスパットやめた。併せてサミタをやり始めた。ビービーは、この事業の後始末(まだ市場にある製品の保守がメイン)をすることになった。今もこれをやっている。だから今は仕事は暇。

FXは、多分、2009年台に今の手法にたどり着くも、リスク管理がまずかったようだ。完全に体得したのは2010年台からだと思う。小銭抜きに気付いたのはもっと前。小銭抜きは、ずーっとチャートを見ているわけにはいかないので、軽視していたがMT4でメールが飛ばせることを知ったので、現在、頻繁にやっている(試す)というわけ。

会社生活としては、保守期限が来て、現在の部署が消滅したら、残ったこの事業がらみの仕事をしてそれが終わったら会社を辞めたい。というのもそうすれば、ビービーは、その事業の黎明期に入社し、入社からその事業に従事し、事業の終末を見取ることになり一貫していて美しいので。日銭は稼ぐ事(1000万円で小銭抜きを3回くらい成功させれば生活費は稼げる。3回なら無理する必要も無い。)が出来るので金銭的には困らない。ただビービーの希望が会社の都合と合致するとは限らない。一身上は農業がしたい。社会に対する貢献方法は別途腹案があるがここでは書かない。

開眼(勝つ方法に気付く事)はいきなり来るが、それまで勝負をし続ける必要がある。開眼が勝負を始めてすぐの場合もあるが時間がかかることもある。何かで開眼したことが無い人間はこれが一生わからないので、絶対理解出来ない。そいうやつと話をしても無駄。ちなみになんでもそうだが開眼すれば以後は単なる作業になる。本当なら今ビービーがFXでやっているバクチはビービーが確立した手法から外れているが、ここぞと思ったら大きく張るのは勝負師の習性なので仕方が無い。ちなみに同じ手法がいつまでも通用するとは限らない。
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する

管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
(C)Copyright 2003-2007. Powered By FC2. VALID HTML? VALID CSS?
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。